【家庭教師】大学に行きたくない、美容師になりたい子供を関関同立に入れさせたい親と親戚一同!賄賂付き。さあどう子供の心を変えるか。

【家庭教師】大学に行きたくない、美容師になりたい子供を関関同立に入れさせたい親と親戚一同!賄賂付き。さあどう子供の心を変えるか。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
18-22歳

【当時の職業】
大学生

【当時の住まい】
実家の一軒家で親と同居

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
大学での募集チラシを見た。
当時苦学生でお金がなく、大学生の家庭教師バイトは時給が良かったので応募した。

【環境と仕事内容】
教え子の家に行って1時間、10分休憩、1時間、の計2時間コース。
月曜と木曜の週2回。
なぜかおやつが毎回出た。
教え子は女の子で、中二から高二まで、4年間ずっと教えた。
時給は3000円ぐらいだった。
英数国理社の全てを教えた気がするが、ヒントを与えて自分で考えさせる、思考能力を育てる方向に徹した。
あとは大学生ってこんなに楽しいんだよ、と言うことを見せる。

【大変だった時期】
大学生として家庭教師のバイト。
3年目が特に大変だった




【大変だったこと】
生徒が遊びたい盛りかつ美容師志望で、全く勉強する気がなかった、むしろ遊びに誘ってきて困った。
しかし要領よくテストは適当にこなすので、中途半端に扱いづらい。
反面、親が大学に行かせたくてこちらにめちゃくちゃプレッシャーをかけてきた。
学年何位に入ってくれないと困る、とか。
板挟みだった。
中学時代の勉強内容ならまだしも、高校に上がると、自分も受験勉強から解放されて長いので結構忘れており、家庭教師の時間の前に自分でも問題を解いて予習をするなどしていた。
そう言う意味では実労働時間が長かったように思う。
また交通費や家から勤務先までの移動時間(1時間)も手当には入っていなかったので、実態的にはコスパに見合っていなかった。

【大変だった期間】
2年目?3年目ぐらいの2年くらいが続いた。
教え子が短期留学して進学もいいなと思い始めたので、そこからは楽になった。




【当時の心境】
給料がよかったから我慢したが、なかなかずっと続けるのは辛かった。
教え子の家が社長さんで羽振りがよく、自分の生活とのギャップで見るのが嫌だった。
大学行きたくない子供に金を湯水の如く流すなら、苦学生の自分に授業料払って欲しいと思った。

【職場が大変だった原因】
もう相性です、教え子とその家庭の。
どうしようもないです。
落ち度とか考えても仕方ないので、そう言うものだったと理解しています。




【仕事で良かったこと】
教え子が嫌々ながらも机に向かい出して、成績も伸び始めた時はやりがいがありました。
自分の大学生活を伝えて大学っていいよ、留学も行ってみたら?となるべく誘導して、実際教え子が短期留学から帰ってきて目をキラキラさせて英語をもっと学びたい、と言った時は勝ったと思った笑




【特にひどかった最悪の出来事】
そこまではなかったです。
満遍なく辛かった。
あえて述べるなら、教え子がまだ大学に興味がないときに、親御さん祖父母が一斉に自分のところに来て、お菓子やネックレスやらを渡し、どうかよろしくお願いしますと言って拝み倒しに来たこと。
そこまでするなら塾に入れたらいいんではと思ったけど、何も言えず、曖昧な笑みを浮かべるに止まった。
賄賂をこっそり渡された政治家の気分だった。
その光景を教え子は別のところから見ていたらしく、勉強時間にあんなのでつられて云々と嫌味をずっと言われ、次第にエスカレートしたのか怒って部屋を出て行ってしまって帰ってこなかった。
今思えば彼女も反抗期だったのだろうなあと思うけど、残された私は…2時間分しっかり給料とおやつをいただいて帰りました。




【相談した人・助けてくれた人】
同じ家庭教師を続けていた友人に、あれこれ愚痴を言って「家庭教師を頼む奴は基本的に金銭感覚がヤバい」「子供も大体甘やかされてるし教えてもあまり意味ない」「本当に大学行きたいやつは塾に行く」という結論が出て終わった。

【改善のための行動】
教え子を中二?高二までの4年間あったので、長丁場コースでしっかり腰を据えて取り組んだこと。
勉強嫌だ進学嫌だ等々言っても、自分が気楽に大学生活のことを適当に話して徐々に気持ちを振り向かせる。
4年もあれば気持ちも変わる。
見事大成功でした。




【現在の状況と心境の変化】
あれから20年くらいなので一概には比べられませんが、難しい依頼に対してものんべんだらりと、でも長期的ゴールを見据えてじっくり取り組む、人の心をかわらせるにはどうしたらいいか、と言うことを念頭において顔は笑顔で取り組む、と言うことは今でも根底におきながら仕事しているなあと思っています。
自分の成長にもつながるいい経験でした。

【学んだこと】
無茶なクライアントにも笑顔で乗り切る、腰を落ち着けてゴールを見据える、人を動かすには何が必要か、をよく見定めること。



【当時の自分へのアドバイス】
基本的にはそのままで大丈夫、やるべきではなかった、と言うのはない。
しかし教え子が授業をすっぽかした後の次の授業の時は、一言怒っても良かったんじゃないかとは思う。
変に舐められていた感があるので、そこは白黒つけるべきだった。
あとはもう少し苦手授業も注力してみてあげたほうがいいと思った。
やらなかったのは、自分も苦手な科目だったから・・・。