【家庭教師】勉強嫌いの少年に「勉強の楽しさ」を伝え、固定概念に固まりかけた私に少年が「心の自由さ」を教えてくれた話。

【家庭教師】勉強嫌いの少年に「勉強の楽しさ」を伝え、固定概念に固まりかけた私に少年が「心の自由さ」を教えてくれた話。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
22歳

【当時の職業】
フリーランスで、友人のお母さまに頼まれて、小学生の授業補足の家庭教師。

【当時の住まい】
母親と実家マンションで2人暮らし

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
友人宅に遊びに行ったとき、そのお母さまに頼まれて、友人の弟さん(当時小学4年生)の家庭教師をすることになった。
当時アルバイトを探している時で、繋ぎにお受けする事にした。

【環境と仕事内容】
仕事内容は、小学校4年生の授業の補足(国語・算数・理科・社会)と宿題の監督程度で、勉強内容は特に特殊でもなく、素人家庭教師でも問題ないレベルだった。
親御さんも元々知り合いであり、関係は良好で、親同士も知り合いな程。
報酬は時給で2000円と授業の日の夕食で、当時はとてもありがたかった。
勤務時間はまちまち(詳しくは設問9にて)

【大変だった時期】
最初から大変なことだらけだった。




【大変だったこと】
生徒の少年が、分かりやすい「やんちゃ坊主」「勉強嫌い」
机に向かうより、外で遊びたい典型のお子さん。
勤務時間が決められなかったのも、先ず授業の日に『家にいない』。
こっそり逃げるように抜け出してるので、『どこにいるか分からない』。
探して連れ戻すところから仕事はスタート。
見つける頃にはへとへとになっている事もある。
その上、やっと見つけて連れ戻し、授業しようとしても『聞かない』『やらない』『逃げ出そうとする』のオンパレード。
親御さんにちゃんとした家庭教師か、通いの塾の方がいいのではないかと相談しても、もう試したが駄目だったとの事で、塾からは入塾拒否のおまけつき。
最後の頼みが、良く知る私だったとの事で、打ち切って断る事も難しくなってしまった。

【大変だった期間】
4年生の中盤から5年生まで1年半、家庭教師に通っていた。




【当時の心境】
最初は苦痛もあったが、「やってやる!」と決めてからは、戦いに行くような心境だった。
そのうち「知恵比べ」が楽しくなってきて、決して頭の悪い子ではないと分かってからは、「どうやって『勉強って楽しい』と思ってもらうか」を考えるようになった。
そして、善意の報酬のご飯は非常においしく、楽しみだった。

【職場が大変だった原因】
少年とよく話せるようになってから聞いたところによると、授業で分からないことがあっても、置いてけぼりでどんどん進んでしまい、勉強が嫌いになったとの事。
学校の先生とは話す機会はなかったが、小学校が「学習・勉強の入り口」という事を考えて欲しいと思った。




【仕事で良かったこと】
あの手この手で勉強そのものより「勉強の楽しさ」を伝えようとし、最後には逃亡もなくなり、自分から私を迎えるため玄関に出て来てくれるようになったときには、心の底から嬉しかった。
そうなってくると、解りやすく学校の成績も伸び、生徒本人も、私も達成感を感じることができた。




【特にひどかった最悪の出来事】
最初の頃、生徒を見つけて連れ戻し、暴れる少年をお母さまと一緒になだめている時に、少年が誤ってお母さまを殴る形になってしまった。
殴った本人は(悪い事をしたとは分かってはいるのだが)素直になれず、逃げだしてしまい、お母さまの手当をしたあと探しに出て、見つけるまでの時間が、心配で怖くて、もう2度と味わいたくない。
自分の子供の頃を思い出し、思わず自分の母親に心の中で誤ってしまうほどだった。
お母さまの怪我はひどくはなかったが、お母さま本人もプチパニックになるし、ご家族はまだ帰ってくる時間ではないし、落ち着いてもらうのにも時間がかかった。
生徒の少年も見つけてからも逃げ出し、話が出来るぐらいまで落ち着くのにかなりの時間をかけた。




【相談した人・助けてくれた人】
相談…とは違うかもしれないが、最初の内は授業よりも生徒の少年と話す事に重点を置いた。
何も隠さず、伝わる言葉を選ぶことだけを考えて、正直な自分の気持ち・お母さまが仰っていたことなど、少年自身に相談をするように、本人の気持ちも聞きながら話すようにしていた。
「嫌いなものは嫌いだし、先生って人は好きになれないけど、ねぇちゃん(私の事)は嫌いじゃない」と言ってくれた時、続けられると思った。

【改善のための行動】
座学としての勉強だけでなく、遊びの中で出来る事や勉強そのものの楽しさを伝えるために、手法やアイデアを絞り出した。
邪魔ではないが、お母さまは「学校の成績が下がる・勉強が遅れる」事に難色を示されたが、次第に逃げ癖が直ってくるにしたがって、理解を示してくれるようになった。




【現在の状況と心境の変化】
それから20年たちます。
家庭教師はその時だけで、今は別の仕事をしているが、人とのつながりやコミュニケーションが大事な仕事で、人とのかかわりの深さのわりに、人間関係のストレスは少ないと思う。
ちゃんと向き合い、伝える事・伝わる事を意識していると、誤解も少なくなり、良好な人間関係の中での仕事は充実していると感じます。

【学んだこと】
「人との向き合い方」「正しい期待のしなさ方」を学んだ気がする。
こちらの物差しで「できて当然」「ここまでできて欲しい」という期待という名の『形にはめる』のではなく、今の相手の状況や考え方を知る事の方が先なのだと教わった。
その後の仕事での、後輩への指導や、人に何かを伝える時に思い出し、意識するようにしている。



【当時の自分へのアドバイス】
「子供」と侮るなかれ。
彼らはちゃんと一人の人間で、精一杯考え・感じ・生きているだけ。
判断力や判断するための経験は少ない分、間違えてしまう事もあるが、一緒に考えればいい。
「自分が答えを持っていなければならない」ではなく、「一緒に考えて、答えを探そう」でもちゃんと聞いてくれるし、届いている。
大きく見せる必要も、大人に見せる必要もない。