【家庭教師】生徒の成長を見守るとともに自らも成長できた。いろいろな親がいていろいろな子供がいる。家庭教師をすることによって様々な家族模様を見ることができた。

【家庭教師】生徒の成長を見守るとともに自らも成長できた。いろいろな親がいていろいろな子供がいる。家庭教師をすることによって様々な家族模様を見ることができた。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
31歳

【当時の職業】
副業で家庭教師のトライにてアルバイト

【当時の住まい】
実家で両親と3人で暮らしていた。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
動機は、本業の給料が少なかったため、生活資金の足しになると考えて働き始めた。
それに子供に勉強を教えることが好きだったため。

【環境と仕事内容】
まず本部から生徒の詳細が送られてきて対応が可能であるか聞かれる。
時給は生徒によってまちまちだが大体2000円台が多かった。
遠方になると時給は上がるがその分時間も取られるため天秤にかけることが難しい。
教えていた教科は中学生の英語と数学、国語。
小学生は全教科を教えていた。
副業のため本業の仕事が終わってから6時半ごろから開始していた。
1日に掛け持ちはできず1日1生徒のみ教えていた。

【大変だった時期】
担当の生徒にもよるが2年目ごろに担当した生徒が1番大変だった。




【大変だったこと】
家庭教師を依頼する親御さんは塾が遠いことや生徒の学習レベルが低いことを主に理由とされるが、生徒は大体においてやる気が乏しい。
本業である職業の信頼度から親御さんからは信頼を受けることが多かったのでクレームは特になかった。
しかし、一人っ子の生徒を担当した時は少し大変だった。
その子供にかける気持ちが大きいため、こちらの都合で休みにせざるをえない日があった場合両親からの次の指導日の催促が激しかった。
家庭教師の派遣外車は仁間ほど利用したがいっけんめのさくらゼミナールはまず教材を売りつけそして教師を派遣すると言う形だったがその教材がとてつもなく高い値段で売られていた。
止める際もなかなかスムーズに進まず給料の受け取りにも大変苦労した。
2軒目の家庭教師のトライはそういった事はなく全てスムーズに行った。

【大変だった期間】
仕事自体はそんなに大変ではなかったがダブルワークとなるとやはり夜も遅くなるのであまり続かなかった。




【当時の心境】
子供に勉強教えることが好きだったことと、当時はまだ経験も浅かったため何とかして自分の力で成績をあげたいと思う一心で一生懸命やっていた。
しかし家庭教師を依頼する生徒は大体において学習意欲が乏しくこちらが熱心に教えて成果は得られなかった。
ただそんな中でも相性の良い生徒というのがあって、ものすごく意欲的に質問したり、しっかりとこちらの意見に耳を傾けるなどして、成績がものすごく伸びた生徒がいた。
教師冥利に尽きる思いであった。

【職場が大変だった原因】
そこまで大変だったとは思わない。
適度な仕事量を配分していただいたと思う。
たださくらゼミナールは会社の体制のせいで、生徒にしわ寄せが来ている感じがした。




【仕事で良かったこと】
やりがいを感じた時は、生徒の成績が明らかに上がった時である。
それから自ら質問してきたり、少しでもやる気が改善されたと感じた時である。
それから、親御さんから退職の際はプレゼントをいただき本当に感謝された。
生徒の人生に自分が少しでも関わっていたと思うとより一層感慨深いものがあった。




【特にひどかった最悪の出来事】
小学生の2人姉妹を担当していたときのこと。
両親が離婚し母親が数年前に他界したと言う複雑な状況の家庭であった。
祖父母に育てられているため、教育に関する情報等が乏しかった。
その中で大変だったのは、次女の学習レベルの低さである。
小学5年生だったが時計が読めず九九が言えなかった。
90分の枠の中で2人を教えるのは大変であるのに、妹が落ち着きがなく私の筆記用具等をぶちまけたりするため、ときには叱ることもあった。
複雑な環境であったためかなかなか心を開いてくれることがなかった。
祖母の子供たちを何とかしてあげたいと言う気持ちがひしひしと伝わってきてこちらも一生懸命頑張ったが、習慣付けることも難しくなかなか成績にはつながらなかった。


【相談した人・助けてくれた人】
自分には子供がいないため周りの子持ちの友人や母や妹などに相談した。
生徒自体には不満を持つ事はなかった。
家庭教師の派遣会社に対しての不満は大いにあったため家族や友人に愚痴をこぼしたこともある。
自分自身も小学生の頃家庭教師を受けていたためその時の先生を思い出し、それを生かせるようにした。

【改善のための行動】
ネットで色々と調べたり、周りで家庭教師をしている友人に質問したりした。
勉強を教えるだけでなく、いろいろな流行にも乗れるように知識を増やそうとした。
自分の周りには邪魔してくる人や味方などは特にいなかった。
適当にアドバイスをくれたり、話を聞いてくれるだけで良かったので、自分としては特に満足している。




【現在の状況と心境の変化】
それから7年ほど経過しているが、また塾講師や家庭教師等を始めたいと思い、求人情報を見たりしていた。
本業のほうは全く違う医療関係なので、転職したこともあり本当に時間に余裕が生まれた。
以前に比べると大変気持ち的にも楽でありまた副業で塾講師や家庭教師等を始めたいと思っている。
しばらく副業から離れていたことと、その後自分自身も専門学校に通った経験を踏まえて以前とは違った対応ができると思う。

【学んだこと】
子供の教育がいかに大変でいかに重要であることを知った。
ただ公にはできないがこれは遺伝によるものも多少あると思う。



【当時の自分へのアドバイス】
何事も将来のための糧となると思ってその時にやりたいと思ったことをやるべきであると思う。
経験は宝だと思っている。
1つアドバイスをするならもう少し周りの意見に耳を傾けるべきだったと思う。
今思えばその時アンテナが張っていなかっただけで色々な人の意見を聞いておけばもっと違った人生になったかもしれないと思うことが多々ある。
ただ今さら後悔してもしょうがないので過ぎ去った事は思わないようにしている。